陪審員制度で、宗教界も悩んでいるんだとか。仏教、神道、キリスト教などなどあるけど、人が人を裁くことのストレスに対する考え方は、おおむね一緒なのかもしれないね。
まあ、ストレスあって当然だしね。
ただ、人って常に何かしらの価値基準・判断基準で、人を選り好みしたり優先順位を付けているわけでもあるからね。陪審員制度という名称が付いてはいるけど、結局はその延長でしかないという気もしないでも。
問題は、取り返しの付かない死刑判決なんかにも関わるようになると、ストレスの大きさは尋常じゃなくなる点。でも、そういうストレスの受け皿として、本職の裁判官に高い俸給払ってしてもらうこともアリなわけで、今の陪審員制度の問題点は、そういうところなのかも。
だから、宗教界も悩んでいるってことだね。