2005年01月22日

アウトロー交戦記 第一回(寄稿:前原龍彦)

 さて、私が始末屋になった経緯は前回でも話したけど、やっぱり押し出しの良さと腕っ節ってのが影響した部分は大きい思う。今回話してみようと思うのは、その腕っ節、つまり、実際の喧嘩の部分だ。


 顔面初段って言葉が武道の世界にはあるけど、これは顔が怖いと言う事は、初段くらいの戦力になるって事。俗に人を一人殺せる実力が初段なんて言うんだから、顔だけで殺せるってのは相当な顔面だ。

 悲しい事に私の場合、その顔面破壊力がかなりあったらしい。道場でもそうだったし、路上に移ってもそうだった。


 ウチの古流の考え方では、殺法に乱暴さは必要無い。優雅であり、雅やかである事こそが実戦においては大事だって事。

 勘違いしてもらっちゃ困るのは、華法重視の型武術って意味じゃない。本当に人を倒そうと思ったら、「殺すぞ」なんて言う威圧や、ましてや「やんのか?」なんて確認を取ったりするのは愚の骨頂って事。

 必要なら散々謝っておいて、相手が背中向けてからレンガでぶん殴ったっていいんだから。

 我々武術家に必要なのは、「ニッコリ笑って人を斬る」な精神って訳だ。幕末の思想家清川八郎は剣の達人だったんだけど、「清川先生こんにちわ」と挨拶され、頭を下げたところを切られたらしい。彼が学んでいたのが竹刀撃ちの遊戯化された流派だったと言われてしまう由縁だろう。

 殺す相手に対して向けられる微笑こそが武功の一歩、かくなる上でウチの流派の人間は、技を掛けられてもダウンするほど殴られても、引きつった微笑みを浮かべる事になるのだ。


 私の戦いを見る事が多いツレは、今となっては私が悪い事をする時、前もって分かると言う。サイコっぽい微笑みを浮かべるからだそうだ。

 殴られても蹴られても笑顔、これが強力な武器になるんだ。


 さて、次は、そんな微笑みを浮かべて戦った経験を話してみよう。

(※2004年1月29日分より転載)
posted by 久遠 at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | アウトロー通信
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