よう、前原だ。テレビをつけりゃあ嫌なニュースばっかりだな。
暴力ってのがもし、一方的に用いられた場合、そいつは常に生きてることその物を汚される。
だがもし、暴力に抵抗できる暴力を持ったなら、やっぱり人生は汚れる気がする。つまり生き延びるなら、汚れていくしかねぇんじゃあねえか?
必要最低限の暴力を咀嚼できるならそれでいい。だが、どうやら、暴力には人をひきつける魔力があるらしい。
制服来た警備員が居たと思ってくれ。
そうだ。で、そいつが、私と同じ現場に居た。ガラの悪い地域に建ってるホームセンターだ。チンケな話だよ。
ケダモノ同士が出会っちまったらやる事は決まってる。見えない振りして通り過ぎるか、それとも白黒つけるかよ。
結局、やりあうことになった。相手は少林寺やら太極拳やら長年やってるって話だ。
それでも、残念だが、本物の柔に勝てる奴ってのぁいねぇんだ。
決着つけるのに選んだ三階の踊り場で、奴ぁ逆様にぶら下がる事になった。
「どれだけ威力を出す力を得ようが、どれだけ打たれ強くなろうが、三階から落ちるのにはおよばない」
心の中ぁ、カラッポだ。
なぁ、もし、世の中で、誰も自分の出したクイズに答えられなくなったと思って見てくれ。
ひでぇ孤独だ。
ずいぶん昔、地下格闘技のチャンピオンだった事がある。紐で首締めたって、物で殴ったってありだ。ただ、一対一で男が向かい合うってルールさえ守りゃあ。
引退したのは、相手がみんな逃げちまったからだ。誰ももう、向かって来なくなった。病院に運ばれて、記憶喪失で治療される奴等を見たら、当然かもしれねぇ。
結局、その警備員は技を教えてくれって言い出した。
「そんな事してどうなるんだよ?」
同僚の制服が言った。
「弱いから、強くなりたいんですよ」
だから言った。
「そんな事で人間、強くなったりゃしやせんよ。バカな了見を持つと、後悔の元ですよ」
もし人生を一言で言うなら、「やれやれ」だ。
(※2004年11月25日分より転載)
2005年02月19日
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