2005年02月24日

アウトロー武芸帖 第二回(寄稿:前原龍彦)

 前原です。皿を洗って暮らしています。

 BY前原ヒロシ


 いや、堅気へのシフトが上手くいってなくってね。半年後には成功する事を期待したい。


 さて、この間、お世話になっている中国武術の散打大会に行った。

 散打というのは俗に中国の国技とも言われていて、中国文学にもタマに出てきていたと記憶する。要は拳法の実戦試合だ。ドラゴン・ボールに出てきた天下一武闘会のモデルだといえば分かりやすいかな。

 主催によってルールは多少変わるのだけど、おおむねヘッドギアやグローブをつけての、突き、蹴り、投げまでが有効だと思うといい。寝技や肘膝は反則。

 私は、大会の運営や後片付けを手伝ったのだけど、一緒にやっていた主宰団体の若いのが、どうも試合見てなんか受け止めちゃったらしく、次は出場したいといいだした。


 二日後、彼を鍛える実戦練習をしていたのだが、話の流れがおかしくなってきた。

 道場主の先生が、「あなた、試合でませんか?」などと言い出したのだ。それもフリーでではない。道場の代表としてという事だろう。

「いや、絶対優勝できますよ」などというのだが、いや、そうだろう。そうかもしれない。

 私は今まで、自衛隊の徒手格闘術教範に参加したり、公共機関内の道場で指導をしたり、散々とルールなしの野試合や、バーリ・トゥードの試合をこなし、さらにやばい修羅場をくぐってきたのだ。パンチなんか少しも怖くない。だからリラックスして動けるのだ。

 得意の肘打ち、膝蹴り、寝技は封印されているが、精神的な物や経験が、ただの選手とはまったく違う。戦って勝っても、正直、あまり意味が無い……。


 ここでいいたいのは、戦いにおいては、内面的な物が大切だという事だ。一発いいのもらっちゃって体が動かなくなったり、アクシデントで怪我しちゃう以外は、ほとんど心が勝敗に響いていると思う。体より心が先に機能障害を起こして、動けなくなってしまうのだ。

 友人が、ぼこぼこにされたという事件が、私の周りには二つある。両方ともやられたのは若いし、体もいい。なのに、突然上司から殴られ、無抵抗なままに一方的に殴られたというのだ。

 双方、共に三十発は殴られたという。そして二人とも、まったくダメージを負っていない。

 顔は腫れたらしいが、骨が砕けたとかそういうレベルじゃない。

 ここで気になる事が二つある。一つは、それだけ一方的にやりながら、致命傷を与えられない相手の弱さだ。私ならその間に確実に処理できている。

 もう一つは、そんな弱い攻撃力の相手に対して、二人とも成す術を持っていなかったという事だ。

 何が起きたのか分からなかった。と言うのが、口を揃えたような二人の言葉だ。

 なぜだろう? 目の前に日頃から悪質な仕事仲間がいて、そいつが怒って殴ってくる。そのことの、どこに予測できない要素があるのだろう?

 彼等はニュースも新聞も見ないのだろうか? 突然襲われた事がなくても、そういう事が起きうるという事を、見聞きした事がないのだろうか?

 突発的に一発やられるなら仕方ない。だが、二人とも、長時間に渡って一方的にやられつづけたというのだ。目の前でそれだけの時間に渡って起こっているというのに、なぜいつまでも何が起きているのかわからないのだろうか?

 これが、人間の心の弱さだ。この、専門用語ではこの状態を「スタン」という。攻撃を受けると人間の神経はショックを受け、一時麻痺してしまうのだ。

 パンチのキレやキックの力ではなくて、私はこのスタンで戦っている。フィリピンの喧嘩武術、カリのセオリーだ。相手の神経に攻撃を加え、まともに戦えなくするのだ。


 もし、どこかで通り魔的な暴力にあったら、スタンを意識して欲しい。実戦の最大のポイントはスタントディフェンスだ。決してパニックに陥ったりしてはならない。相手を霍乱し、困惑させるのだ。

 そうすれば、肉体の弱みはある程度補える。

 げんに昨日、久しぶりに戦った私の体は、あちこちが悲鳴を上げている。一発ももらったわけじゃないのに。


 拙者……選手引退してから、15キロ太りましたから。切腹!!

 BY前原ニューヨーク
posted by 久遠 at 16:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | アウトロー通信
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