2005年05月07日

アウトロー見聞録 第五回(寄稿:前原龍彦)

 じつは私が働いているのは、日本の外国だ。

 国内にいくつかある中国の一つで、やや堅気がちのバイトをしている。

 少し前、中国の半日デモがあり、バイト先の事務所の近くにある中国銀行に弾丸が撃ち込まれた。

 それから街じゅうで警察官がウロウロするようになり、路上駐車にも往生する始末だった。

 各店舗に警官が警戒を呼びかけ、私も店中のトイレや通路を、爆弾が無いか探させられる羽目になった。


 そんな中、ある店の店長さんが言った。

「爆弾でも仕掛けられないかなあ」

 ワクワクするじゃん。ということらしい。

 なるほど。確かに、そうなんだろうな、と思う。

 先日、若造どもともめられた時の中年男性は、「相手がナイフを出したら、そりゃーもう本気出すよ」と言っていた。

 花見の席で出会った肉体労働の若造が、私に言った。「先生に挑戦させて欲しい」

 分かってない。両方、分かってない。

 爆弾は、爆発してから無かったことにする事は出来ない。ナイフだって、気付くのは背中を刺されてからだろう。

 二人とも、ブルース・ウィリスのように、目の前で自分を狙った攻撃が失敗し、叫び声を上げながらなんとか反撃ができると思っている。そういう事じゃないのだ。

 いや、確かに、そういうケースもある。若い頃、ナイフで一対一の決闘をした事が何度かある。それはフェアだったし、逃げる事も降参する事も出来た。

 だが、本当の暴力はそういう物じゃない。ゲームじゃない。災害なのだ。

 同僚が刺された時は、「いきなり殴られたと思った」そうだ。反射的に相手を突き飛ばし、腹を見るとナイフが刺さっていた。

 みんな、映画に影響されすぎだ。自分が安全だと信じて疑わない。きっと、暴力なんてのは、フィクションの中だけの出来事だからなんだろう。

 今まで、空手家や柔道家、総合格闘家、色々な人間と戦って来た。みんな、自分が暴力について学んでいると思っていた。

 ある人は、敗北後に言った。「だって、知らなかったんだもん」

 そう、何も知らないのだ。ほんとうの暴力は、格闘技やVシネマとは違う。相手に自分の存在を好きなように侵略され尽くすのだ。

 私に挑んできた肉体労働の若者は、私のポケットにナイフが二つ入っている事は想像していただろうか? 締め落としてから財布を取る事までは想像していただろうか? 落とされたことで失禁した状態でズボンを脱がされ、それを写メールに撮られる事は? 携帯から知人に累が及ぶことは? 私が怪我をしたと言って脅迫し、家族のケツの毛までむしることは?

 誰も分かってない。私は武術家で、実戦をしている。それは、マンガや格闘技とは違うのだ。 
posted by 久遠 at 15:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | アウトロー通信
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